Archive for the ‘ファッションブランドの歴史’ Category

シャネル

月曜日, 8月 31st, 2009

シャネル(CHANEL)は、ココ・シャネルが興したファッションブランドです。「古い価値観にとらわれない女性像」がブランドポリシー。

ココとは愛称で、お針子として孤児院を出た後、踊り子を志して田舎町のキャバレーで踊っていたころにつけられた愛称です。その後、英国の青年実業家と知り合い、彼のバックアップを得て、1910年パリのカンボン通り21番地に「シャネル・モード」なる帽子屋を開店しました。

飾りのないシンプルな帽子は人気となり、店は大成功を収めました。第一次世界大戦が始まると、南フランスの港町ドーヴィルに移り、パリから疎開してきた人向けに洋服を作り始めます。安いジャージ素材のシンプルで着心地がよく、むだのない服は大評判。「ハーパース・バザー」誌で取り上げられ、新時代のクチュリエ(オートクチュールのデザイナー)としての実力が認められました。

シャネルの斬新なアイデアは男の服装をヒントにしています。「どうして女は窮屈な服装に耐えなければならないのか」シャネルがずっと感じていたことでした。英国紳士服の仕立てや素材の素晴らしさを女性の服に応用したのが有名なシャネルスーツです。ネイビーと白のマリンルックも水兵のユニホームがヒントになっています。これらシャネルの服作りに一貫している姿勢は、男に支配される女を徹底的に排除し、女のからだと心を解放しようとする新しい試しみでした。

ココが87歳で永眠した後を引き継いだのはカール・ラガーフェルド。ファッション界きっての才人といわれる彼は自分の名を冠したブランドをはじめフェンディやクロエのデザイナーとしても知られています。

バーバリー

月曜日, 8月 31st, 2009

トーマス・バーバリーが創業者の「バーバリー(BURBERRY)」は、今やイギリスを代表するファッションブランドの一つとなっています。洋服作りの始まりはトーマスが農民を見て、汚れを防ぐために服の上に羽織っていた上着をヒントにし、「ギャバジン」という耐久性・防水性に優れた新しい素材を生み出すことに成功します。
そして1888年には特許を取得し、1917年までにギャバジンの製造権を独占していきました。 1924年に登場した「バーバリー・チェック」はあまりにも有名。コートの裏地としてデザインされたのが起源です。
バーバリー・チェックは裏地以外にも傘に初めて使用され、1967年のパリのショーで発表されることになったそうです。その後は、バッグ、マフラーといった様々なバーバリーファッションに取り入れられていきました。

また、カラーのバリエーションも豊富で、キャメル、赤、黒、白だけでなく色々なカラーを展開していきました。 1911年頃からは、軍隊や世界的有名人がバーバリーを着用し、代表的ブランドとして話題になっていきます。
有名なものでは、人類初の南極点到をした「アムンゼン」の防寒具、1914年の第一次世界大戦中には、英国陸海軍のトレンチコートとして正式採用されます。映画「ティファニーで朝食を」や「カサブランカ」の、ピーター・セラーズ、オードリー・ヘプバーン、ハンフリー・ボガート、作家コナン・ドイル、キャサリン・ヘプバーン、元英首相ウィンストン・チャーチルなども愛用し有名となります。

そして1955年、エリザベス2世のロイヤルワラントの授かり、1989年、ウェールズ皇太子により認証を授かり、イギリス皇室愛用のロイヤル称号を持つまでとなりました。現在では、バーバリー・ブルーレーベルや、バーバリー・ブラックレーベルが若い世代に支持されるようになり人気となっているようです。

ブルガリ

月曜日, 8月 31st, 2009

ギリシャの銀細工師として家業を営んでいたブルガリが、ローマに最初のジュエリーブティックを開いたのは1884年のことです。

ブルガリの細工の妙は、同じ形のモチーフを精巧に重ねて壮大な建物に仕上げるというギリシャ建築の手法にヒントを得ており、ブルガリのカラーの豊富さは、ブルガリのファッションへの造詣の深さと、斬新なセンスから生まれたものといえます。

また、ブルガリのペンダントヘッドのモチーフに多用されるゾディアック(星座)は、ギリシャ神話がそのルーツとなっています。ブルガリは歴史の素晴らしさを受け継ぎながら、それらをモダンなデザインにして蘇らせる…、それがブルガリスタイルといえるでしょう。

1970年代には海外第一号のニューヨーク店、パリ、ジュネーブ、モンテカルロ店をオープンし、ブルガリは国際的な発展を遂げました。
現在ではジュエリーだけでなく、香水、時計、アイウェア、ホームウェア、バッグ、ホテル業などに進出し、総合ブランドとしての地位を確立しつつあります。ブルガリによって生み出された斬新なジュエリーは、世紀を超えて世界中の女性たちに愛され、21世紀に入った今もなお宝飾界をリードするジュエリーメゾンとして君臨し続けています。

ティファニー

月曜日, 8月 31st, 2009

「A Life Time of Tiffany ~人生にティファニーを」のメッセージで知られるティファニーの創業者、チャールズ・ルイス・ティファニーとジョン・B・ヤングの二人は、ニューヨーク市ブロードウェイ259番地に文房具と装飾品の店「Tiffany&Young」をオープン。1837年のことです。初日の売上は僅か4ドル98セントだったそうです。しかし、この日から全てのティファニーの歴史が始まったのです。

19世紀中ごろにはヨーロッパの市民革命で国外に逃れようとしていたフランス貴族から格安でダイヤモンドを仕入れ、宝石商となりました。 1851年からはジョン・ムーアを招いて銀細工製品も手掛けるようになります。ティファニーにシルバーアイテムが多いことの所以です。1886年には1粒のダイヤモンドを6本の立て爪で留める「ティファニーセッティング」が生み出され、ダイヤモンドの輝きを最大限に引き出すスタイルが確立しました。

1950年代からはジーン・シュランバーゼやエルサ・ペレッティ、パロマ・ピカソなどのデザイナーとのダブルネームで次々と新作を発表。さらに 1961年に公開された映画『ティファニーで朝食を』を機に「夢と希望と満足を」という創業者の託されたジュエリーが、幸せの象徴として今も多くの女性を魅了。そのデザインは、装飾的なヨーロッパジュエリーとは一線を画すモダンでチャーミングなラインです。

1853年にティファニー本店に備えつけられたアトラスクロックのアラビア数字からヒントを得たアトラスコレクションや、ペレッティが生み出したビーンやボーン、ティアドロップコレクション、ベビーに幸せを託すシルバーコレクションなど、ホスピタリティあふれるアイテムが今も様々なギフトとして愛されています。

グッチ

月曜日, 8月 31st, 2009

1881年 イタリアのフローレンスに誕生し、グッチは「過去のよいものを現代に反映させる商品作りと最上の伝統を最上の品質で」をコンセプトとしている。世界で初めて品質保証をするためにデザイナーの名前を入れて、商品を販売。元祖のブランド商品となる。ダブルGのモノグラムはグッチオ・グッチの考案した、自らの頭文字をあしらったものであまりにも有名です。
グッチの創業者グッチオ・グッチは、1922年、英国からの革製品の輸入・販売店をフィレンツェに開業。その店は順調に売上を伸ばし、翌年にはフィレンツェ伝統の職人技術による、ハンドメイドの高級革製品の店を開くことになりました。

当時の政情不安を背景に、グッチは何度か倒産の危機に見舞われますが、独自のアイデアで見事に乗り越えていきました。

1935年、国連による経済制裁で、イタリアは他国との貿易が禁止。皮革の入手が困難となったグッチの経営はたちまち危機に瀕しましたが、グッチオと彼の息子アルドは、確保していた原皮を減らさないように、皮革以外の素材をミックスして製品を作ることを考えました。この時に生まれたのが、竹と革を組み合わせた「バンブーバッグ」です。

そして1938年アルドは自社のバッグにマークを自らがデザインを引き、自分のイニシャルのGをふたつ組み合わせた、いわゆるGGマークを完成させたのです。

グッチオの死後、グッチはその息子や孫に受け継がれ、「ビットモカシン」や香水などの大ヒット商品を生み出しました。しかし、経営的な内部紛争が絶えず、企業改革に苦慮する日々が続きました。

しかしグッチは、90年代に入り抜本的な企業改革に着手。94年にはクリエイティブ・ディレクターとしてトム・フォードを迎え、伝統と歴史に現代的なトレンドをミックスした新しいブランドイメージを作り上げ、華々しいイノベーションを遂げたのです。

プラダ

月曜日, 8月 31st, 2009

プラダの始まりは1913年です。創設者はマリオ・プラダがミラノ。皮革製品店を開業します。ブルジョアの間で評判になり、イタリア王室の御用達ブランドとなりました。

現デザイナーはミウチャ・プラダ。マリオの孫娘で1950年にイタリアのミラノで生まれました。

洗練されたライン、上質且つ的確な素材選び、徹底したミニマリズムからスポーツ、ミックスまで最新鋭の技術を持っています。ナイロン素材が定番となっていますが、キャンバス地などの素材も使用しています。

日本では、このナイロン財布やバッグが大人気です。

姉妹ブランドは、1993年にプラダが発表したミュウミュウです。ブランド名でもあるミュウミュウはミュウチャの少年時代からのニックネームから付けられた名前です。